今年のクリスマスはベルリンで過ごした。久々にベルリンの我が家に戻ると部屋が完全に冷えきっていて、しかも電気が切れていて冷蔵庫の中が恐ろしい事になっていた。(とても詳しくは書けません!)かなりぐったり思考能力がゼロ状態の中、とにかく寒いのでベッドにコートやガウンを持ち込み、頭にスカーフを巻いてその日は眠った。(サンクトペテルブルクの音楽院寮に住んでいた時に同じような記憶がある。)
この時期ベルリンの日の出は遅く8時すぎから朝焼けが見られる。
それは星と月がまだ光る夜空から現れる。
かつて私に「朝焼けはとても美しい」と言った人がいた。
まだ若かった私はその人の想いや、そしてそれの美しさを何ひとつわかっていなかったように思う。
クロアチアの海辺の光景、
雪の中に緑が見えるアルプス山脈、
リンツで見たドナウ河の夕暮れ、
モナコの海の向こう側、
その朝焼けを見ながら色々な情景を思い出した。
年が明けたらいよいよ大きな旅に出ようと思う。
~~月夜の晩に 拾ったボタン
指先に沁み 心に沁みた。
月夜の晩に、拾ったボタンは
どうしてそれが、捨てられようか?(中原中也「月夜の浜辺」)
2007年12月28日 西本智実
先月末、台風の影響で私の大好きな空が東京上空に現れた。丁度高層階にいたので遠くに富士山の影も見え、これって幽玄!と、しばしぼぉ~と眺めていた。(その後風邪で寝込んでしまったのがドジすぎた。)
子供の時から秋の台風が去った時の夕焼けが大好きだった。私が幼稚園に通っているような頃は、色鉛筆だってせいぜい七色だったし、しかも使う色は五色もあったかどうか・・・少しの間を置いて再び空を見上げるともう様子が変わってしまっている夕焼けの色を表現する言葉が見つからないもどかしさで、そのうち私だけの言葉として「アメシュトワ色」と勝手に名付けた。
それ以来、台風一過の夕焼け空を未だにアメシュトワ色と呼んでいる。・・・・って言うとまるで色彩感覚がありそうに聞こえますが、親しい友人達は、身勝手な自分の興味のある部分の色彩感覚だけであって、時々変な色の組み合わせの服を着ているよ!(そうなのよ!振りやすい服が私にとって一番優先なのよ!!)と現世の現実的な意見も言ってくれて、持つべきは良き友人だなぁと改めて思います。(嘘です。肉体労働でおしゃれな服だと破れるんだからちょっとはやさしい言葉をかけてよ!)
それはさておき、もう随分前にモスクワでストラヴィンスキーを指揮した時のこと。フィナーレの虹色に輝く音色についてリハーサルを終えてオーケストラのメンバー(クラリネット奏者)と話していた。雪深い土地のせいか、当時の私達がおかれている情況なのか、作曲家の意図とする虹色の音色の輝きが今ひとつでない。「喉の音」と「クラリーノ音域」について、一旦技術的な会話を終え、話は虹色の話題になった。
大きな違和感!?何度も確認したけれど彼の虹色は五色だと言いきる。私は七色だと言い切る。
なぜかと聞かれ、現実味無く虹色は七色だと教えられ育ってきた日本の環境の中、最後は知りもしないのにプリズムが七色だからと言い切った私。
でも私は虹をしっかり見たなんて言えないなぁと心がザワザワ騒ぐ。
そういえばあの時見た虹は七色だった記憶はない。全てが移ろいでゆく中で七色ではなく、彼の言った五色の時もあれば、あるいは四十九色の感覚さえ持つ志があったかもしれない。確かに私は虹を見た事はあるけれど、それは結局主観的に見ただけで今一体どんな色が絶対的にこの場で必要なんだろうかと・・・彼と話したあと暫くタバコばかり吸っていた。
そんな出来事があったなぁと、東京でアメシュトワ色を見ながら思い出した、ある日の秋の日の少しの時間。やっぱり日本はいいな。
2007年11月8日 西本智実
9月は「長月」ともいうけれど、また別の意味で私にとってこの9月は怒涛の長旅で本当に長い月だった!
この1ヶ月の旅の時間が、観念的にはハンブルクに居たのが半年前、中国は3ヶ月前、パリはなぜか逆行して5ヶ月前、プラハは3ヶ月前、モナコは2ヶ月前・・・
というようにもはや時差ボケを通り越しております(苦笑)。
だから帰国してすぐ始まった京響さんと日フィルさんとの5回の演奏会も、ベルリンに居る今は、やはり随分前の事のように感じてしまっています。
一秒という単位の中で生まれて死んで行くカビもある、という存在を知った時に何かとても感じるところがあって、それならば私は一秒の中で一体どれ位しっかり生きているのだろうか、と思った事がありました。今月はそのカビさんの存在にも力をもらったような気がしています。
明後日からプラハで、プラハ国立歌劇場とのオペラ「椿姫」のリハーサルが始まります。
原題の「La Traviata」(道を誤った女)とは逆に、私はヴィオレッタに、誠実に命の限り精一杯生きた女性を感じる。
彼女は彼女の世界では真実に生きることが不幸を招くこともあり得る事と充分に知っている。決して受身の人生だけを生きなかった強さもある。作曲家ヴェルディの残した楽譜を開いた瞬間から、彼の確固とした骨組みと情熱とで刻一刻と最期に向き合わせる。
限りなく苦しみに近い喜びがリハーサルの始まる直前の私を襲っています。死期が近づき、恋人を待つヴィオレッタが「E tardi!」(遅いわ!)と、言うが、その時の彼女にとっての一秒は、とてつもなく長く、またあまりにも短かすぎると思えてならない。
2007年10月1日 西本智実
この4月は地球を一周する。
ヨーロッパの公演を終え、大西洋を越えてアメリカへ、そして太平洋を越え日本に戻る。
しかも誕生日はこの太平洋を越えている機上で迎えるため、日本に到着した時には時差の関係で誕生日は数時間だけという不思議な体験をする。
このことは普段過ぎ去る「時間」をあまり意識していなかった私に改めて「時間」という観念を抱かせる。
こういった旅生活を続ける中、「時間」以外の時差を感じることも事実だが、文明の利器は現代に生きる私達に「時間」というチャンスを与えてくれている事も実感する。
生涯旅をした作曲家に想いを馳せながら、今日の作品に向かいあいたい。
2007年4月4日 西本智実
山を見ている人は山を越え海を求め、海を見ている人は海を越え平野を求める。
自然の中で育っていないからなのか、それともDNAが騒ぐのか、大陸を横断し山を越え海を越えたい欲望に駆られる。
でもその旅は明確な目的がある訳ではない。
地図は明確にその山の高さや海の深さを、現代に生きている私に教えてくれるけれど、山の闇や波の威力は、そこに住む人でさえ計り知れない。
人類の先祖の残した道しるべの偉大さに感動するけれど、淋しい。
だから空を見て生きている。
2007年3月14日 西本智実
モスクワのオーケストラの状況も随分落ち着いてきたのを実感したこの2月。
思えば私がミレ二ウムに就任した頃は全体がシャッフル状態でその後も何度もシャッフルが続いていた。
(机上ゲームのようなシャッフルという単語を使いたくないけれど)
今回初めて指揮したモスクワ交響楽団ロシアフィルは以前から客演を要望してくれていたけれど、縦横のバランスを考えた結果ようやくこの2月に実現した。
数人の元ミレ二ウムのメンバーと再会でき感動を分かち合う。
暖冬とはいえ、さすがモスクワ。雪景色のロシアが一番好き。
コンサート翌日からアルプス越え!
連日国境を越える日々。パスポートコントロールも無くヨーロッパの国々が本当に近い。
もアルプスの山の表情でここがオーストリア側なのかドイツ側なのかイタリア側なのかを知る道しるべ。
会議が踊る中、空ばかり見ている。
2007年2月19日 西本智実